Archive

Archive for the ‘未分類’ Category

多くの生命に支えられて

 

先日、サヤエンドウとソラマメの収穫を終えました。
エンドウの葉っぱにカエルが乗っていました。
カエルは地面にいるものとばかり思っていたので、
ちょっとびっくりでした。
暖かくなってからたくさんの生き物と出会います。
畑では多くの生き物の営みのなかで、土が作られ作物が育てられていることを実感します。
身体もたくさんの細胞や微生物の営みによって生命が保たれています。
このことを思うとき、自然と「ありがたいな」という感謝の気持ちが湧いてきます。

春は芽吹きの時。邪魔しないでね。

春になって、新しいバラの葉が茂っています

ようやく春らしくなってきました。
春になると、草は勢いよく大地を覆い始め、樹木も新しい葉を出し始めます。
冬眠していた蛙は地表に出てくるし、いろんな虫も現れてきます。
多くの生き物たちの目覚めの時です。

旧暦での春は、1月(睦月)から3月(弥生)までの3ヶ月間。今は2月(如月)で春の半ばに当たり、その特徴が一番現れていると言えるでしょう。
**春の特徴**
春は、冬から夏にかけての変化の時期といえます。内向きの状態の冬から夏の外向きの状態へと徐々に変化していきます。
*陰陽の比率*
春期の陰陽の力関係を見てみると、日を追うごとに陰の力が弱まると同時に陽の勢いが増してきます。初期には陰陽が互角であったのが春の終わりには陽が圧倒的に優位となって夏へとバトンタッチしていきます。
*月*陰:陽
睦月 3:3
如月 2:4
弥生 1:5
*春のイメージは朝のイメージ*
如月は1日でいうと卯の刻(早朝5時から7時の時間帯)ですね。日昇(日の出)の頃にあたります。

舞鶴公園本丸跡から日の出を見る

太陽が地平から顔を出して力強く昇っていく姿は、陽気の勢いの現れです。

日の出の前後の澄み切った空気を全身で浴びると、心身ともに爽快になります。
*春の身体の状態*
あらゆる生命が春の変化に従うように、ヒトも同調していきます。
それは、心が穏やかになり、身体が緩むことで現れてきます。
これが、春におけるヒト本来の状態です。

*春の養生*
ですから、春の養生は心身ともに緩んでいく状態を邪魔しないことなのです。
イライラしたり、感情を抑えつけたり、長時間じーっと同じ姿勢でいたりして、心身を硬くしないことです。
日が昇る勢いは誰も抑えることはできませんが、ヒトを含めた生き物それぞれが持つ春の伸びやかな力の芽は簡単に押さえることができます。

例えば、植物の新しい芽を足で踏みつけたり摘むことをすれば、生命の勢いは弱まり、本来の力を発揮することができなくなるのです。
*養生しないとどうなるのか*
漢方では、春の養生に背くと肝之臓を傷る事になります。
肝之臓は、将軍の官と言われます。
体内では体調を整えるために、いろいろな働きが行われていますが、その陣頭指揮を執っているのが肝之臓です。身体を維持する部隊の長です。
この肝之臓がうまく働けなくなると体調が崩れ気血の流れが悪くなります。
病の多くは、気血の流れの滞りですから、この状態は宜しくありません。病は回復に向かいにくくなるし、健康な人も病になりやすくなります。
気血が流れる経絡の正常な運行が妨げられると結果として、筋肉の緊張が高まり、筋張ってきます、
肝臓の経絡の流れから考えると、肝臓、胆嚢、肺臓に加えて、足の親指、足の甲、膝の内側、股関節、生殖器、下腹部、胃、肋骨、脇腹、のど、頭部、眼、唇等への影響が考えられます。

*むすび*
春の養生は心穏やかにのびのびと過ごすことです。それが生成の気に従うことになるのです。

*****

◆四氣調神大論篇第二.

春三月.此謂發陳.天地倶生.萬物以榮.夜臥早起.廣歩於庭.被髮緩形.以使志生.生而勿殺.予而勿奪.賞而勿罰.此春氣之應.養生之道也.
逆之則傷肝.夏爲寒變.奉長者少.

当院における新型コロナウイルス感染症への対応について

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として、当院では通常行っていた感染対策に3項目追加して対応しています。

◆当院で通常行っている感染対策
・施術前後のアルコールによる手指消毒
・使い捨ての滅菌済み鍼の使用
・シャーレ等施術に使用する器具の消毒・滅菌

◆新たに追加している対策(3項目)
・飛沫感染予防策として施術中のマスクの着用
・接触感染予防策として環境消毒
高頻度に接触される部位に、アルコールや抗ウイルス作用のある消毒剤含有のクロスで清拭消毒を行う。
例えば、ドアノブ(玄関、トイレ)、棚、受付テーブル等。

・定期的な換気

*****

◆参考_新型コロナウイルス感染症(2020年3月現在)

疾患名 COVID-19:corona virus disease 2019 (指定感染症)

原因ウイルス名 SARS-CoV2

ヒトに感染するコロナウイルスは従来、風邪のウイルス4種類と重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の合わせて6 種類が知られていました。

新型コロナウイルス(SARS-CoV2)はこれらとは異なるウイルスです。

2019年末中国武漢を発端に、世界各地で感染が拡大しています。

 

主に呼吸器感染を起こします。飛沫および接触でヒト−ヒト感染を起こすと考えられています。

8割の感染者は他人へ移しませんが、1部の感染者が感染を拡大させるようです。

その要因としてクルーズ船、屋形船、ライブハウスなど集団感染の事例から閉鎖空間のクラスター感染が考えられています。

潜伏期間は2から7日、平均4日

11.5日で発症(97.5%)

よって発症まで14日を見積もっています。

***

無症状からふつうのカゼ症状から重症肺炎と幅広いです。半数近くが肺炎を発症するようです。

感染者の

80%は軽症で、自然治癒します。

14%程度で重症化します。

5%で重篤化し集中治療を要します。ショック、呼吸不全、多臓器不全。その半数は死亡。

平均的な死亡率は0.7-2%ですが、80歳以上では15%程度と著しく高くなります。

COVID-19診療の手引き1_厚生労働省からの図表

中国のCOVID-19患者44,672人の患者データによると

年齢  死亡率_%

0-9     0

10-19   0.2

20-29  0.2

30-39        0.2

40-49        0.4

50-59        1.3

60-69        3.6

70-79         8.0

80以上 14.8

死亡者の多くが高齢者です。

子供の発症者や重症者は少ないです。

40歳代までは重症化は少なく,50歳代から年齢が高くなるに従って致死率も高くなります.

重症化のリスク因子として,高齢者,基礎疾患(心血管疾患,糖尿病,悪性腫瘍,慢性呼吸
器疾患など)が知られています

*****
新型コロナウイルス感染症(covid-19)情報サイト_日本プライマリ・ケア連合学会

新型コロナウイルス感染症について_厚生労働省

新型コロナウイルス感染症について_福岡県

新型コロナウイルス感染症について_福岡市

Coronavirus(COVID-19) 米国CDC(疾病予防管理センター)

鍼と灸の違い

当院の施術は主に鍼と灸ですが
感覚的に使い分けていることが多いです。

ギックリ腰や捻挫のような急性のものには

熱を散らす目的でお灸をすることがあります。

また、皮膚のかぶれにはお灸はとても効果あります。

『みえない水の科学』で奥平明観氏が鍼灸の効果の違いについて述べていますので、

ここにご紹介いたします。

*****

鍼と灸とを比較すると、“気”を動かすという点で鍼の方が上です。もうすこし整理すると次のようになるでしょう。これは絶対的なものではありません。あくまで相対的な一つの傾向と考えていただければよいと思います。
【鍼】
急性病
気の病
瀉的利用の範囲が広い
体の部位によっては鍼が良い
風・熱の邪気
【灸】
慢性病
血の病
補的利用の範囲が広い
体の部位によっては灸が良い
寒・湿の邪気
*****

アズキ 小豆は小便を利し腫を治す

八月になってアズキを蒔いてみた。
九月になって花が咲き、鞘が大きくなっている。

アズキは、痩せた土で水はけがよければよく育つようだ。

 

このアズキ、あんこの原料や赤飯などの食材の他に、

生薬としても活用される。

利尿作用があり、水湿を取り除きむくみを改善する。

『大和本草』巻之四_穀類には赤小豆(せきしょうず)としてその特徴が記載されている。

冷え性、お腹が弱い、乾燥する人、お年寄りは控えめに摂るのがよいかもしれない。

*****
参考:『大和本草』巻之四_穀類_赤小豆(せきしょうず)
大小あり。性は寒冷なり
脾虚の人に宜しからず
小便を利し腫を治す
功多し
久しく食すれば、身膩(あぶら)を去りて乾く。
老人、殊にこれを忌む

心不在焉

一心に向き合えば

そこに多くの気づきが生まれる

しかし

「心ココに在らざれば

見れども見えず

聞けども聞こえず

喰らえどもその味わいを知らず」

 

2017年暮れに

ふと『大学』の一文が思い出されました。

ご本尊は南無阿弥陀仏

先日のお彼岸に家族と共にお寺参りをした。

そこでの住職のお話の中で
本堂や仏壇の中心にあるご本尊とは何か?

という問いかけがあった。
ご本尊?
仏様じゃないの?
ご住職のおっしゃるには
「ご本尊は南無阿弥陀仏。阿彌陀佛ではない」と。
「南無がつくことで、仏様の働きかけを意味する」とのこと。
自身への様々な働きかけに対して
畏敬の念が湧き、頭が下がる。
それが、お念仏。

仏様は、不可称、不可説、不可思議、

色も形もなく
私達はその働きを通してのみ出会うことができる。

身近な事柄を通して
感じること
そこに仏様の働きをしっかりと認識して生きるのが
念仏者

東京の勉強会へ参加していた20年ほど前
ある先輩が熱心に語っていた。
「治療は祈りですよ」と。
当時、若輩の小生は
「ふーん、そんなものかな。」
ぐらいしか思わなかった。

しかし、
今は、この言葉を深く味わうことが出来る。

 

秋のお彼岸での気づきでした。

関連)見えざるもの

安逸の戒め

手は天より与えられた家来、
足は天より与えられた乗り物

***
うまく使うことで、
いろいろな事をしてくれるし、
あらゆる所へ運んでくれます。

***
せっかく我が身として与えられた家来(手)と乗り物(足)を使わずに
ほんのひと時の安らぎのために
他の人や物に頼ってしまうと
自分の手足は弱ってしまい
ついには天より見放されて使い物にならなくなってしまいます

***三浦梅園『養生訓』より***
手は天より我に賜はる奴[やっこ]にして
足は天より我に賜はる乗り物なり。
其の奴を置き、其の乗物を棄て、
一時の安をもとめ、人を苦しめて、己が安をもとむる故、
手足はありながら、終には手足の用もなさず。

病は気から

病気とは、「気を病む」と読めるように
【気】が病んだ状態です。

***

身体のみならず
天地をあまねく満たし循環しているもの
それが【気】にほかなりません。

***

【気】はガス状のもので、
集まったり散らばったりして
いろんな状態を呈しながら万物となり
また、万物の生死に関わっています。

***

生命とは、【気】が集まり循環している状態であり
【気】が散るということは、死を意味します。
ヒトも例外ではありません。

***

身体の働きは精神も含めてすべてが【気】の営みです。
この欠くことのできない【気】の循環が障害された時
そこに疾が生じ
甚だしければ、病となるのです。

***

病に対する鍼灸の役割を説くならば
身体との対話を通して、どこに【気】の滞りが在るのかを把握し
数本の針と一握りのモグサを用いて、本来あるべき状態へと変化を促すこと。
これに尽きます。
*****
『類経図翼』に曰く

凡そ諸病の作るや、皆な血気壅滞し、通ずるに宜しきを得ざるに由る。

鍼をもって之を開導し、灸をもって之を温煖すれば、治まりて終わる。
【意訳】

多くの不健康な状態は、すべて気の循環障害が原因である。
気の滞りのあるところを、鍼術によって開通し灸術によって温めることが出来れば
治療の目的は達せられるのだ。

老化は目から始まる

肉体的な活力が旺盛な壮年期をすぎると
次第に身体の勢いは衰えてきます。
霊枢天年篇には、衰え方には順序が存在することが記されています。

◆40歳から白髪が目立つようになります。
◆50歳からは肝の臟の働きが弱り、関連する目の症状が現れます(目の疲れ、老眼、目の乾燥、目がかすむ等)。

また、目以外にも筋・髪に関連する症状が現れます。

筋(こむら返りなどの筋肉の引きつりや痙攣)

髪(ツヤがない、白髪)
◆60歳からは、心の臓が弱ります。具体的には、憂いや悲しみ等の感情が現れます。
また、気血の流れがスムーズさを失うために、ゴロゴロとすぐ横に寝っ転がるようになります。
◆70歳からは、脾の臟が弱り、皮膚がカサカサになってきます。
◆80歳からは、肺の蔵が衰え、よく言葉を間違えるようになります。
◆90歳になると、腎の蔵が衰えて、他の四蔵(肝心脾肺)を養うことが困難となります。
◆100歳になると、五臓の働きすべてが衰え、身体を養えなくなります。形だけが残り、ついには寿命を迎えることとなります。
参照→老化は何歳から?


五臓の老化の順番は
肝→心→脾→肺→腎
となっています。

40歳を過ぎて、肝の臟に関連する目、筋肉、髪の状態の衰えは、
いわゆる老化のはじまりと捉えることができるでしょう。

老化には個人差があります。ここで述べている年齢はあくまでも目安です。

◆◆

黃帝曰:其氣之盛衰,以至其死,可得聞乎?
歧伯曰:人生十歲,五藏始定,血氣已通,其氣在下,故好走;
二十歲,血氣始盛肌肉方長,故好趨;
三十歲,五藏大定,肌肉堅固,血脈盛滿,故好步;
四十歲,五藏六府十二經脈,皆大盛以平定,腠理始疏,滎貨頹落,髮頗斑白,平盛不搖,故好坐;
五十歲,肝氣始衰,肝葉始薄,膽汁始減,目始不明;
六十歲,心氣始衰,若憂悲,血氣懈惰,故好臥;
七十歲,脾氣虛,皮膚枯;
八十歲,肺氣衰,魄離,故言善誤;
九十歲,腎氣焦,四藏經脈空虛;
百歲,五藏皆虛,神氣皆去,形骸獨居而終矣。